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東京高等裁判所 昭和62年(行コ)71号 判決 1989年1月30日

埼玉県川越市大字今泉二二一番地

控訴人

新井茂司

同所

控訴人

新井ちよ

右両名訴訟代理人弁護士

山田二郎

埼玉建川越市三光町三六番地の一

被控訴人

川越税務署長

赤石好市

右指定代理人

三代川俊一郎

赤穂雅之

朝日良知

保科正人

右当事者間の所得税更正処分等取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人新井茂司に対し、昭和五六年二月六日付けでした昭和五二年分所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。被控訴人が控訴人新井ちよに対し、昭和五六年二月六日付けでした昭和五二年分の所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。被控訴人が控訴人新井ちよに対し、同日付けでした昭和五三年分所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人ら)

一  保証債務の成立

控訴人らが農協と締結した契約は、農協の片岡哲哉らに対する多額の貸付金等を回収することができなかつたときは、控訴人らが代わつて履行の責任を負うとの保証契約及びその片岡らの債務を目的とする本件土地ほかの土地についての根抵当権設定契約である。控訴人茂司は、右片岡らの債務に関し、組合長としての責任を追及され、農協に損害を与えないために右各契約を締結せざるをえなかつたのであるが、昭和五〇年一一月一五日付け契約書(乙第三〇号証)、昭和五一年一一月二一日付け契約書(乙第八号証)は、いずれもこの趣旨の保証契約にほかならず、これらの契約書で「損害補填」という言葉が用いられているが、これは、連帯保証債務の負担と物的担保の提供の趣旨である。

二  損害賠償債務及びこれを目的とする準消費貸借債務の不存在

片岡らに対する貸付、立替に関して控訴人茂司の農協に対する損害賠償債務が成立するためには、損害の発生が必要であるところ、貸付による損害の発生は、その回収が不能となつて初めて発生するのである。ところが、農協は、昭和五一年一〇月当時も回収の努力を継続しており、農協に対する指導機関である埼玉県当局(以下、「県」という。)や埼玉県農業協同組合中央会(以下、「中央会」という。)も、昭和五二年一一月当時に回収努力の継続を農協に指示していることからも明らかなように、農協において回収不能とは判断していなかつたのであるから、控訴人茂司の損害賠償債務はいまだ成立していなかつたというべきである。したがつて、昭和五一年三月末の時点で、控訴人茂司が農協との間で損害賠償債務を目的として準消費貸借契約を締結することもありえないのである。現に農協自体が、控訴人茂司に対する損害賠償請求権ないし、これを目的とした準消費貸借契約に基づく債権を確定するような理事会等の決議、帳簿上の計上をしたことはないのである。

三  保証債務の履行

本件土地は、前記のとおり、片岡らの債務のために担保提供されていたのであるが、昭和五二年一月以降、県から、その債務の回収について強い要請をうけ、これを任意売却して右債務の返済に充てられたのである。このように本件譲渡代金により弁済された債務が、右片岡らの債務についての保証債務であることは、本件土地がその片岡らの債務のために担保提供されていたことからみても明らかである。

なお、農協は、帳簿上、右弁済金を控訴人茂司に対する貸付金に充当したように処理していた。しかし、右控訴人茂司への貸付金というのは、農協が県からの追及を糊塗するために計上しただけで、実際には存在しないものであつたから、農協は昭和五九年二月三日理事会の承認を経て、その記帳を是正し、控訴人茂司との訴訟上の和解においても、この訂正の措置を明確にしている。被控訴人が、これらの是正措置をもつて農協が控訴人らの税務対策に加担したものであるとの根拠のない憶測をするが、右是正は取引の実態に即して行われたのである。

四  補足

1  保証債務履行のための借入

仮に、控訴人茂司が真実、昭和五一年三月三一日に農協から借入をし、本件土地代金がその借入債務の弁済に充てられたとしても、その借入は、前記保証債務の履行のために行われたものであるから、本件土地の売却は、実質的には保証債務履行のためと認められるべきであり、所得税法六四条二項が適用される点では変わりない(所得税法基本通達六四の五参照。)。

2  物的担保履行のための譲渡

また、前記のとおり本件土地には、片岡の債務のために根抵当権が設定されていたのであり、これを任意売却してその債務の支払に当てたのであるから、この点からしても、本件譲渡には同条項が適用されるべきである。(右基本通達六四の四(5)参照。)。

3  連帯損害賠償義務履行のための譲渡

仮に、控訴人茂司が農業協同組合法三一条の二に基づく損害賠償義務を負担していたとしても、法律の規定により連帯賠償義務を負い主債務者に対し求償権を取得するときは、所得税法六四条二項にいう「保証債務の履行」に該当するものと解すべきであるところ、本件においても、控訴人らは片岡らに対する求償権を取得する関係にあるから、同条項が適用されるべきである(基本通達六四の四(6)参照。)。

(被控訴人)

一  保証債務の不存在

控訴人らが、農協に対し、片岡らの借入金等債務を保証したことはなく、控訴人らが本件土地の売却代金をもつて、農協に弁済したのは、控訴人茂司の損害賠償債務を貸借の目的とした準消費貸借債務あるいは損害賠償債務そのものである。

二  損害賠償債務の成立

原判決添付別紙(以下単に「別紙」という。)(六)(1)(2)記載の貸付、立替払は、員外貸付、不良貸付、限度超過貸付であり、農協の定款その他に明らかに反する違法、無効なものであり、組合長としてこれを実行させた控訴人茂司は、善良な管理者としての注意義務を怠つて、この支出をさせたのであるから、農業協同組合法三一条の二第二項により、これに基づく金員支出の時点で、その支出金額相当の損害賠償債務を負うのである。

農協から控訴人茂司の右の責任を追及され、控訴人らは、損害補填とそのための担保供与の契約(乙第八号証、第三〇号証)を締結したものの、その責任を全く認識せず、責任回避ないし解除のための合意文書を作成するとともに、前記契約自体も、片岡らの債務の保証契約であると主張しているのである。

三  準消費貸借債務ないし損害賠償債務の履行

控訴人らが本件譲渡代金によつてなした農協に対する一億五〇〇〇万円の弁済は、控訴人らの主観的認識やその名目いかんにかかわらず、その実質は、前記準消費貸借債務または損害賠償債務の履行、即ち自らの債務の弁済にほかならないものである。

なお、農協が弁済金を右準消費貸借債務の支払または損害賠償金としてではなく、片岡らに対する債権の回収として処理したとしても、それは帳簿上の問題であり、このことにより弁済された債務の性質を確定することはできない。

四  本件土地に設定された根抵当権の被担保債権

本件土地に対する根抵当権の設定は、控訴人茂司の負担する損害賠償債務を担保するために行われたものであり、その設定登記上、その債権者として片岡が表示されているのは、当時まだ組合長であつた地位を利用して控訴人茂司が勝手にしたことであり、農協は後にこれに気付いて同控訴人に訂正を求めているのである。したがつて、根抵当権の債務者の点は、本件土地売却代金が保証債務の履行として片岡らの債務に弁済充当されたことを根拠づけるものではない。

なお、控訴人らは、弁済は別紙(六)(2)の立替金ではなく同(六)(1)の貸付金に充当されたというのであるから、その主張を一貫させるとすれば、根抵当権の債務者も、片岡ではなくその借受名義人塩三らでなければならないはずである。

五  保証成立時点での求償権行使不能

仮に、控訴人ら主張のとおり本件土地売却代金をもつて塩三らの債務が弁済されたものとしても(控訴人らの保証の時点すら不明であるが。)、保証当時または弁済当時、塩三らは既に無資力であつて、求償権の行使が不能であることは明白であつた。このように、保証契約成立の当時、主債務者が無資力であり、これを知りながら保証をしたときは、その保証は実質的には債務引受又は贈与に当たるというべきであり、所得税法六四条二項の適用がないと解すべきである。また、主債務者が片岡であるとしても、同人も保証契約成立当時無資力であつたことは明白であつたから、右と同様である。

理由

第一本件各課税処分の根拠等について

請求原因事実(本件各課税処分の存在)、抗弁事実(本件各課税処分の対象年における控訴人らの所得金額の内訳、計算根拠)は、いずれも当事者間に争いがない。

第二本件における所得税法六四条二項の適用について

一  本件譲渡代金による債務弁済について

いずれも成立に争いのない甲第七号証、乙第五号証及び弁論の全趣旨によれば、控訴人らが、農協に対して昭和五二年四月九日付けで本件譲渡代金から一億五〇〇〇万円を支払つたことが認められ、この認定に反する証拠はない。そして、控訴人らは、右支払は、別紙(二)(2)、同(三)、同(四)(2)、同(五)(2)のいずれかの片岡らの農協に対する貸付、立替債務を主債務とする控訴人茂司の保証債務を履行したものであると主張するところ、別紙(六)(1)、(2)のとおりの農協からの貸付、立替金の支出があつたことは当事者間に争いがない。

二  貸付、立替の経緯(損害賠償義務の成否)について

1  いずれも成立に争いのない甲第三五ないし第三七号証、乙第一三号証、第三三号証、第四五、第四六号証、第九七ないし第一〇二号証、第一〇五号証、第一二〇号証、第一三一、一三二号証、いずれも原本の存在とその成立に争いがない乙第一四号証、第一五号証、第一六号証の一、二、第一七号証の一ないし三、第一九号証、第二〇ないし第二二号証の各一、二、第二五号証、第二六ないし第二九号証、第三四ないし第三六号証、第九六号証、第一二二、第一二三号証、原審における控訴人茂司本人の供述により真正に成立したと認められる甲第三四号証、原審証人小山茂治、同澤田三之助(後記措信しない部分を除く。)の各証言、原審における控訴人茂司本人の供述(後記措信しない部分を除く。)によれば、次の各事実が認められ、原審証人澤田の証言及び原審における控訴人茂司本人の供述中、この認定に反する部分は前記各証拠に照らし直ちに措信しがたく、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 控訴人茂司は、昭和四六年旧南古谷農業協同組合が南古谷愛村農業協同組合と合併して農協が成立して以来の組合長であり、農協の貸付業務を統括する立場にあつたが、昭和五〇年六月一四日、農協の懸案であつた農協事務所建設に協力した片岡哲哉の要請を受けて、農協が同人の事業に可能な限り協力し、その事業に必要な金員を仮払や立替金として支出すること等を内容とする協定を締結した。

(2) 控訴人茂司は、右協定に基づき、農協を代表して、片岡が代表し、映画制作等を目的とする株式会社ジャパン・パーソナルの事業資金として、別紙(六)(1)のとおり、いずれも借受名義人を同社の役員個人として、同年六月二四日から一一月一四日までの間に、八回にわたり、合計一億〇一二五万円を貸し付けた(以下、「本件貸付」という。)。

(3) 控訴人茂司は、右協定に基づき、農協を代表して、片岡の関係する食品加工業者の工場取得のための資金として、別紙(六)(2)のとおり、片岡に対し、同年七月二三日から八月八日までの間に、三回にわたり合計八七七六万二七一六円を立替金の名目で交付した。

(4) 控訴人茂司は、さらに右協定に基づき、農協を代表して、片岡が八重洲船舶有限会社を買収するための資金として、別紙(六)(2)のとおり、片岡に対し、同年一〇月二一日、一億五〇〇〇万円を立替金の名目で交付した(以下、(3)の立替とあわせて、「本件立替」という。)

(5) 農協は、昭和五〇年当時、組合員に対する貸付限度額を総会決議により二三〇〇万円と定めていた。

(6) 農協は、定款でその地区内に住所を有する個人は准組合員となることができると定めていたが、前記各借受名義人六名は、いずれも控訴人ちよの所有する共同住宅所在地(川越市大字今泉三八五番地二北井方)を、片岡は控訴人茂司の自宅所在地をそれぞれ住所とする住民登録を同年中に行つているが、いずれについても、その転入届出の日は、貸付、立替実行の日より後であり、しかも家族の転入を伴わなかつた。そして、いずれも現実にその届出住所に居住した事実はなかつた。

(7) また、本件貸付、本件立替実行に際し、若干の担保を徴した形にはなつているが、右担保の適正な評価等は経ておらず、しかも、その担保保全の措置は不明確なままであり、結果的にも担保としての価値を有するものは殆どなかつた。

(8) 右(1)の協定に先立つ同年四月から六月までの間、中央会が同年三月三一日を基準日とする農協の監査を行つたが、その改善要望事項として、既に総額五四〇〇万円にのぼる片岡ほか二名に対する貸付は組合員資格のない者に対するもので、定款で許容される員外貸付にも当たらないとして、速やかに回収することが指示されていた。又、本件立替のうち右(4)の実行に先立つ同年九月ころ、埼玉県農林部は農協の貸付業務に問題があるとして抜き打ち的な認定検査(農業協同組合法九四条二項によるもの。行政庁において組合に法令違反の疑いがあると認めたときに行われる検査)を開始し、その中で検査員は、本件貸付は組合員資格のない者に対する貸付であり、しかも名義人が借りてジャパン・パーソナルに資金が流れるという迂回融資であると指摘し、また、本件立替のうち右(3)についても、正規の貸付手続すらとらずに組合資格のない片岡に支出されていると指摘して、控訴人茂司の組合長としての善管注意義務違反の責任を追及した上、同年一〇月四日、本件貸付その他の問題のある貸付及び本件立替のうち右(3)については、昭和五一年三月末までに回収し、その時までに回収できない分は控訴人茂司がその債務を引受ける旨の約束をさせ、控訴人ちよにその連帯保証をさせた。

2  右1認定の各事実によれば、控訴人茂司が、農協組合長として、片岡との協定に基づいて実行した本件貸付は、ジャパン・パーソナルという会社の事業資金のために、いずれも組合員資格を有しない借受名義人を事後的に控訴人茂司の関係する住居を住所としたように偽装させて貸付を実行したものであつて農業協同組合法、農協定款及び前記農協総会決議に違反するものであつたから、その貸付契約は違法、無効であることが明らかであり、また、本件立替名下の金員支出に至つては、これも組合員資格のない片岡に、正規の貸付手続もとらずに、立替金の名目で、その事業資金を用立てたものであつて、これは農協の事業目的に属しない違法、無効なものであることが明らかである。したがつて、これら貸付、立替を自ら統括して実行させた控訴人茂司は組合長としての善良な管理者として注意義務に違反したことが明らかであり、しかも、その貸付、立替は、既に組合員以外に対する貸付回収を指導機関である中央会から指摘された後に行われたものであり(しかも、本件立替のうち前記(4)については、県から片岡が関与した本件貸付、立替の違法とこれに対する控訴人茂司の責任を厳しく指摘された後になされたものである。)、担保価値の調査や担保の保全の措置をしないまま、結果的にも殆ど見るべき担保のないまま実行されたものであつてみれば、その義務違反の程度は著しいものといわざるを得ない。

3  してみると、控訴人茂司は、農業協同組合法三一条の二第二項により、違法、無効な本件貸付、本件立替による損害を農協に対して賠償すべき義務があるというべきであるところ、その損害賠償義務はその違法支出と同時に成立し、その賠償すべき範囲は、違法支出相当額であるというべきである。すなわち、控訴人茂司は違法、無効な貸付、立替という適法な原因のない金員の支出自体に責任があるのであるから、金員の支出がこれによる損害であり、賠償義務の成立及び賠償すべき範囲については、それが各借受名義人や片岡から回収可能かどうかは無関係である。そして、その回収不能により初めて控訴人茂司の賠償義務が発生し、しかもその範囲は回収不能分に限られるかのような控訴人らの主張は失当である。以上のとおり、控訴人茂司は、各貸付、立替の時点で農協に対し、その支出額相当の損害賠償債務を負つたことになる(なお、本件貸付、本件立替は違法、無効であるから、原因なくしてこれら金員を受領した借受名義人らや片岡に対し、農協は、不当利得返還請求権(違法な貸付、立替を受けたことに関し、同人らが不法行為の要件を充足する場合は損害賠償請求権も。)を取得するが、これら金員受領者の債務と控訴人の茂司の損害賠償債務とは、併存するのであつて、その両者の関係は不真正連帯関係にあるというべきであり、右金員受領者の債務が履行されたかぎりで、控訴人茂司の損害賠償義務が消滅するにすぎないというべきである。)。

三  控訴人らと農協の折衝の経緯(保証契約の成否)

以上の事実を前提に、本件貸付、本件立替等をめぐる控訴人らと農協との折衝の経緯を検討し、あわせて控訴人ら主張の保証契約の成否について、判断する。

1  前記三1で認定した事実並びに前掲乙第一二三号証、いずれも成立に争いのない甲第三号証、第四一号証、第四三、第四四号証、乙第一号証、いずれも原本の存在とその成立に争いのない乙第八、第九号証、第一一号証、第二三、第二四号証、第三〇号証、第三一号証の一、二、第三七号証の一、二、第四八ないし第五一号証、原審における控訴人茂司本人の供述により真正に成立したと認められる甲第二五、第二六号証、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二三、第二四号証、第二七号証、乙第一一九号証及び原審証人小山茂治、同澤田三之助(後記措信しない部分を除く。)の各証言、原審における控訴人茂司本人の供述(後記措信しない部分を除く。)によれば、次の各事実が認められ、原審証人澤田の証言、原審における控訴人茂司本人の供述中、この認定に反する部分は前掲各証拠に照らし、直ちに措信しがたく、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 前記のとおり、昭和五〇年九月に開始された県の認定検査において、同年一〇月四日、検査員の強い要請により、控訴人茂司は、本件貸付、本件立替等の問題のある債権の早期回収に努力することと、それが果たせない場合にはその未回収分を自らその債務を引受けて弁済することを約し、控訴人ちよはこれに連帯保証をした(乙第二四号証がその約定書。以下、「債務引受契約」という。)一方、控訴人茂司と控訴人ちよとは、これに先立つ同月二日、その担保として農協に本件土地を含む両名の共有地を提供することに関して控訴人ら間で協定(農協は当事者となつていない。)をしたが、その協定書(乙第二三号証)には、片岡の債務について控訴人茂司が保証することになつたとの趣旨が記載されている。

(2) 右認定検査の終了に際し、検査員は、控訴人茂司の損害補填の責任とその履行確保のための担保提供を強く要請し、控訴人茂司もやむなく、同年一一月一五日に農協との間で、損害補填並びに譲渡担保設定契約を締結し、控訴人ちよ及び新井千代子はこれを連帯保証したが(乙第三〇号証がその契約書。以下、「第一損害補填契約」という。)、右契約は、前記債務引受契約の約定を受け、控訴人茂司において、本件貸付、本件立替等が自己の善良な管理者としての注意義務解怠によりなされたことを認めて、それが未回収の場合の損害補填を約し、その損害補填債務の担保のために、控訴人茂司が所有しあるいは控訴人ちよ、新井千代子と共有する土地(本件土地(一)、(二)を含む。)について、譲渡担保の趣旨で所有権を農協に移転することを約するものであつた。しかし、控訴人茂司は内心、検査員の指示に不満を持つていたので、同じ一一月一五日付けで、農協代表監事の栗原亀藏との間で、右契約は、法的責任を認めたものではなく、道義的責任を認めた趣旨であるとの同意書(乙第三一号証の一)を取り交わした。また、前記土地に関しても、右契約の履行としての譲渡担保による所有権(持分権)移転登記手続はせず、同年一二月二〇日ころに代物弁済予約を原因として共有者全員持分全部移転請求権仮登記を経由したに止まつた。

(3) その後も、農協においては、片岡らから、貸付金や立替金の名目で支出した金員の回収努力を継続したが、昭和五一年三月ころに片岡が行方不明になり、その後まもなく同人は刑事事件で刑務所に収監されていることが判明するなどの事情も加わつて、回収は思うにまかせなかつたが、同年一〇月ころ、農協の不正融資問題が埼玉県議会で取り上げられ、新聞等でも大きく報道され、更に控訴人茂司の刑事責任が追及されかねない事態になつたため、中央会の顧問弁護士の示唆で、第一損害補填契約を修正して、控訴人茂司の責任を更に明確にすることとなり、昭和五一年一一月二一日、控訴人茂司とその連帯保証人たる控訴人ちよ、新井千代子及び原田有三と農協との間で、改めて、損害補填、代物弁済予約契約が締結された(乙第八号証がその契約書。以下、「第二損害補填契約」という。)。

右契約は、基本的な内容において、第一損害補填契約と代わるところはないが、損害の補填が損害賠償としての支払いであることを明確にし、その負担する損害賠償債務の代物弁済として昭和五〇年一二月一九日に前記譲渡担保物件と同一の各土地に代物弁済予約契約を締結した事実を確認し、かつ、控訴人茂司が農協に対して負担する証書貸付取引及び右損害賠償債務を担保するために右各土地に極度額四億五〇〇〇万円の根抵当権を設定することを約するものであつた。ところが、控訴人ら及び新井千代子は、抵当債務者を片岡として右根抵当権設定登記の申請をし、その旨の登記を経由させた。

2  以上認定の控訴人らと農協との折衝経緯によれば、県及び農協の指導により、農協が終始、控訴人茂司には損害賠償義務があり、その履行を求める趣旨で前記各契約を締結したことは明らかであり、他方、控訴人茂司自身は損害賠償責任を不承不承認めさせられたものの不満であり、その表向きの約束とは別にその法的責任を曖昧にする方向で、なお影響力を保持していた農協役員に働き掛けており、農協役員においても控訴人茂司の損害賠償責任追及には、熱意が欠けていたことが窺える。しかし、それにも係わらず、右各契約書の文言からしても、控訴人らのそれに基づく債務が控訴人茂司の損害賠償債務の存在を前提とするものであることは明確であつて、控訴人らがこれら契約により片岡らの農協に対する貸付金、立替金債務(あるいは不当利得返還債務等)を保証した趣旨とは到底認められない。なお、前記のとおり、控訴人茂司と控訴人ちよとの間の協定書では約定書に基づく控訴人茂司の債務が片岡らの債務を主債務とする保証債務であるかのような文言が用いられているが、これは、右両者間のみで作成されたものであり、約定趣旨がその債務引受との文言に反して保証の趣旨であつたことを推認させるに足りるものではない。また、前記根抵当権の債務者が片岡となつている点も、根抵当権の設定が片岡の債務の物上保証の趣旨でないことは前記認定のとおりであるから、控訴人らが農協担当者に働き掛けて、第二損害補填契約に反する登記申請を行つた結果であると推認すべきであり、成立に争いのない甲第四五号証の二のうち、これに反する記載部分は、前掲乙第八号証、第一一九号証及び前記認定の各事実に照らして直ちに措信しがたく、他に右推認を覆すに足りる証拠はない。

そして、これら契約が片岡らの債務を保証する趣旨であるかのように述べる原審における証人澤田三之助、控訴人茂司本人の証言、供述部分は、それ自体、「ホショウ」の法的意味が曖昧な部分があり、前記認定の事実に照らしても到底採用しがたく、また、成立に争いのない乙第八五号証、原本の存在とその成立に争いのない乙第八八号証も、これら契約が保証の趣旨であつたことを証するに足りるものではなく、他にこれらの契約により控訴人らが片岡らの債務を保証した事実を証するに足りる証拠はない。

3  なお、控訴人らは、控訴人らが、昭五〇年一一月一七日に片岡が農協に対して負担する保証債務及び立替金債務についての保証契約を締結したと主張し、甲第一二号証(同日付け保証契約書)を提出する。そして、原審において控訴人茂司本人及び証人奥住宣男は、右契約書は、控訴人茂司と農協を代表する代表監事栗原亀藏とが、奥住の立会いの下で右日付けの日に作成し、栗原の署名は自署であるとの供述、証言をする。しかし、原審証人金澤良光の証言及びこれにより真正に成立したと認められる乙第一二一号証によれば、甲第一二号証に農協を代表して署名している栗原亀藏の署名は本人の自署ではない疑いが強いことが認められるばかりでなく、前記認定の折衝経緯からみても、第一損害補填契約を締結した昭和五〇年一一月一五日の直後である同年同月一七日にそれとは全く趣旨が異なる保証契約を締結したことはいかにも不自然であり、しかも、原審における控訴人茂司本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、この保証契約の存在については、本件訴訟提起後初めて明らかにされたものであつて、本件各課税処分についての異議申立て、審査請求の段階においては全く言及されたことがないことが認められることに照らしても、いまだその作成日当時に真正に成立したものとは認めがたいというべきであり、そのころ、保証契約をした旨の原審における控訴人茂司本人の供述、原審証人奥住、同澤田の各証言も、にわかに措信しがたく、他にこれを証するに足りる証拠はない。

4  なお、前掲甲第七号証、乙第一号証、成立に争いのない甲第一号証、第八号証、第一〇号証、第四五号証の二、乙第一一七号証、原本の存在とその成立に争いのない乙第八七号証、原審における控訴人茂司本人の供述により真正に成立したと認められる甲第九号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第六号証及び原審証人澤田三之助の証言、原審における茂司本人の供述によれば、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 少なくとも農協の帳簿上においては、昭和五一年三月三一日付けで控訴人茂司が農協から本件立替金とその利息分に相当する二億五〇一三万六七七八円を借入れ、これが本件立替金の支払に当てられてた。

(2) そして、同じく帳簿上、本件譲渡代金による弁済は右借入金に充当処理された。

(3) 農協は、右会計処理を前提に、昭和五四年四月、第二損害補填契約に基づき、控訴人ら、新井千代子、原田有三には本件貸付の全額と本件立替金の残額を損害賠償すべき義務があるとし、浦和地方裁判所川越支部に損害賠償請求訴訟を提起した。

(4) 昭和五九年三月八日、右訴訟は和解により終了したが、その和解条項において控訴人らが、これより先の同年二月三日に片岡の農協に対する債務の保証責任として一億五〇〇〇万円弱の支払をした事実が確認されると共に、本件譲渡代金による一億五〇〇〇万円の支払が本件貸付、本件立替についての借受名義人らの農協に対する債務についての控訴人らの保証契約の履行であつたことが確認された。

(5) なお前記二月三日、農協理事会は、本件譲渡代金による支払に当たり控訴人らから本件貸付についての借受名義人の債務に充当すべき旨の指定があつたのにこれを本件立替金に誤つて充当したとして、同日付けをもつて右会計処理を是正すること、その支払が控訴人らの保証責任の履行であつた事実を確認することを議決している。

(6) 農協は、弁護士会照会に対する昭和六三年七月二八日付けの回答書において、昭和五二年四月当時、農協は控訴人茂司に対して損害賠償債権を有しておらず、控訴人らに連帯保証責任を負担させていただけであり、本件譲渡代金による支払はその保証債務の返済に充てられたと回答している。

5  右4で認定した各事実によれば、農協において昭和五九年以降、控訴人茂司が本件貸付、本件立替について損害賠償責任を負つていた事実を否定し、控訴人らの本件譲渡代金による支払が保証債務の履行であると表明するに至り、内部的な会計処理もこれに適合するように改めたことが明らかである。しかし、本件貸付、本件立替をめぐる控訴人らとの折衝経緯は、前記1で認定のとおりであつて、農協は、控訴人茂司に損害賠償義務があることを前提にその履行を求めており、また、前記訴訟自体も、それを前提にして提起したことが明らかである。そして、本件各課税処分が昭和五六年二月六日になされ、本件訴訟が昭和五八年六月二〇日に提起されていることを考えると、農協が控訴人らから更に一億五〇〇〇万円弱の支払を受け和解するに当たり、その支払により弁済された債務についての従来の主張を改め、また、これに合うように会計処理も改めたのは、これにより何ら直接的不利益も受けない農協が、控訴人らの税金対策(本件各課税処分の取消)に加担するためのものと考えるのが相当である。したがつて、これらの農協の表明、措置をもつて、控訴人らが本件貸付、本件立替に関する片岡らの農協に対する債務を保証したことを裏付けるものとはいえない。

6  そして、他に控訴人らが、農協との間で本件貸付、本件立替に関する片岡らの債務を保証契約をした事実を認めるに足りる証拠はない。

四  本件譲渡代金により弁済された債務

以上のとおり、控訴人らは、昭和五二年四月当時、農協に対して保証債務を負つていたとは認められず、かえつて、前記のとおり控訴人茂司は農協に対して損害賠償義務を負い、控訴人ちよはそれを連帯保証していたのであるから、本件譲渡代金による支払は、その弁済に当てられたものとみるべきである。(なお、昭和五一年三月三一日、控訴人茂司が農協から借入をして、片岡の立替金の支払をしたとの帳簿上の処理がなされたことは前記認定のとおりであり、これが単なる帳簿上の処理ではなく法的効果を伴うものであるとすれば、その借入は、損害賠償債務を目的とする準消費貸借契約が成立したとみる余地もあり、そうであれば、前記認定の農協の会計処理に照らし、本件譲渡代金による支払は右準消費貸債務の弁済であるとも考えられる。しかし、いずれにしろ、本件各課税処分の効力に影響するものでないから、これ以上の判断はしない。)

五  その他

1  なお、仮に控訴人らの農協に対する何らかの保証契約が成立し、本件譲渡代金による支払がその履行であると評価されるとしても、その保証は、本件貸付、本件立替が違法、無効である以上、その貸付、立替債務の保証ではあり得ず、不当利得返還義務ないし損害賠償義務についての保証と解するほかはないところ、控訴人茂司はそれと不真正連帯関係にある損害賠償義務を既に負つていたことは前記のとおりであるから、その保証は実質的には自らの損害賠償義務を確認する趣旨に過ぎないと見る余地があり、そうとまではいえないにしても、少なくともその履行は自らの損害賠償義務を消滅させる行為に他ならないことが明らかである。したがつて、このような場合においては、所得税法六四条二項の立法趣旨に照らして、たとえ保証債務の履行という形式が採られていたとしても、同条項の適用がないと解すべきである。

2  また、控訴人らは、連帯賠償義務の履行についても同条が適用されるべきであると主張する。しかし、民法四四条、商法二六六条、または農業協同組合法三一条の二のように法律の規定により理事、取締役等間で連帯賠償責任を負う場合において、その一人がその履行のためにする資産の譲渡に関し、所得税法六四条二項を適用する余地があるとしても、本件では、控訴人茂司の農業協同組合法三一条の二による農協理事としての損害賠償債務と片岡らの不当利得返還債務(場合により不法行為による損害賠償債務)とが不真正連帯関係に立ち、消滅上の牽連性を有するに過ぎず、また、被控訴人茂司がその損害賠償義務を履行すれば、金員を受領しながら農協に対する返還義務を免れた片岡らに対して不当利得返還請求権を取得する関係にあるに過ぎないから、両者が右に例示したような法律規定による連帯賠償責任を負つている場合とはいえないことが明らかであり、本件に同条項を適用する余地はないといわざるを得ない。

第三結論

以上のとおり、本件譲渡について所得税法六四条二項を適用する余地はないから、本件各課税処分に違法はなく、その取消しを求める控訴人らの本訴請求は理由がなく、これを棄却すべきである。

したがつて、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森網郎 裁判官 友納治夫 裁判官 小林克己)

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